7ヶ月ぶりですがw

 そのうち、またポツポツ書いていくことになるかと思います。
 まだブログ生きててよかったー^^


 前ほど頻繁に更新はしない予定ですが、気が向いたらみてやって☆
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# by cruel-world | 2006-08-20 19:19

ただいま

 インフルエンザの療養中なので更新を停止しております。

 来週の月曜日から再開する予定です。
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# by cruel-world | 2006-01-20 16:14

新潮 06' 1月号

新潮 06' 1月号

「しょせん書いたものは全部、ブンガクってことだよ。難しいばかりでぜんぜん現実的じゃない。ただ、人間はそういうドリームが必要なんだね。規則もルールもモラルも有機栽培も全部ドリームだしブンガクなんだよ。でも人間はそういうもんがあることにしないと生きていけない」P.243

鹿島田真希「ナンバーワン・コンストラクション」(220枚)

 開始3ページくらいまでの教授話では「さあ、文芸誌なんか閉じて、森博嗣でも読むか」と萎えさせられるけれど、キャラクタが出そろったあとの鹿島田恋愛論はなかなか。多義的な『死』と『生』を帯びた赤いイメージを接着剤にし、複数の人物がもつれ合いながら物語は進行していく。三島由紀夫賞の「三〇〇〇度の愛」も、おそらく同系色のつくり。作品全体を取りまく陰惨な雰囲気は非常によいですが、とりあえず、この「G戦場ヘブンズドア」みたいなエンドはどうにかしてくれと言いたい。

島本理生「大きな熊が来る前に、おやすみ。」(80枚)

 だめです。ちょっと文章創作をかじった大学生なら書ける内容です。そのレヴェルの作品にも劣る部分がある。幼少時の一つひとつのエピソードが、主人公のバックボーンのショウケースでしかなく、ひどく浅い。個人的体験であるはずなのに、どうにも切迫したムードをともなって書かれているとは言いがたい。とはいえ、小さいながらも、まとまりは感じました。

舞城王太郎「ザ・パインハウス・デッド ディスコ探偵水曜日 第2部」(270枚)

 素晴らしい!! 「暗闇の中で子供」ばりの極大解釈暗号論をはじめ、奈津川サーガでおなじみの大爆笑カレーことルンババ、一昨年の群像12月号に顔を出した猫猫にゃんにゃんにゃん、舞城王太郎の変名(?)愛媛川十三と、諸作を通じて登場したネタのオールスター構成。『探偵』の時点で危ぶまれていたことだけれど、やっぱりJDCトリビュート(というか「九十九十九」)と化しつつある。だが面白いから何でもいい。第3部で解決する気配がないので、ついに舞城も分冊刊行するのかも? きっと次回の表記は「第4部」なんだろうなあ(「九十九十九」ふうに)。

・短編小説
 奥泉光「神器」は、何だか福井晴敏?な感じではあるけれど、出だしは好調。
 辻井喬「余生」のような小説は、何度見ても飽きない。ウェルメイド感は拭えないが。
 津島佑子「オオカミ石」。今月最大の駄作。日本昔話feat.作者の個人的怨嗟。くだらない。
 町田康「一般の魔力」は一人称から離れ、非常に辛辣な小市民批判をやってのける。
 多和田葉子「時差」。とにかく難渋。あたふたしっぱなしで終わった印象。
 長野まゆみ「西の谷」も、ぼくは著者のことが嫌いなので、もういいです。

・エッセイ
 松浦寿輝磯崎新の連載エッセイは、第2回に向けて好奇心はうすれる一方だが、斉藤環は好感触。象形文字としての漢字の性格から、中島敦の著作にまで発展させる手ぎわのよさは大したものだと思う。
古井由吉は、彼らしい時代遅れのカフカ論と、老境にいたった自身のブログの抱き合わせみたいなもの。白石かずこ。この人は詩人らしいが、自由奔放に書きすぎて文法がさっぱりつかめない。内容は単なる海外漫遊記なので、無理に見る必要はない。大御所、水村美苗「わたしは新潮をもらったら焼き捨ててやります」というぶっ飛びスタンスの表明。タイムリィなんだか、外したのか、微妙なところの「刑事コロンボ」ネタで攻めてきた堀江敏幸は、内容からは何一つ学ぶことはないものの、リーダブルな文章作法からは目が離せない。金原ひとみからは小説とエッセイの垣根を取り払った印象。いまいち作者が何を言いたかったのかわからないメタ・フィクションですが、このわずかな文章量にしては、驚くべき内容の濃さ。個人的に大好きです。

・その他
 谷川俊太郎の新作詩は生存報告の意味合いを抜きにしても新鮮。糸山秋子渡部直己による面談文芸時評は、うまく話が噛み合っておらず、何だかお見合いみたいな話しぶり。その渡部直己「メルトダウンする文学への九通の手紙」をあつかった斉藤美奈子の書評の説き起こしはひどかった(渡部直己=文学界の金八)が、進むにつれて論旨が鋭さを増していく。また、四方田犬彦「ブルース・リー 李小龍の栄光と孤独」に対する野崎歓の苦笑まじりの称揚も楽しく読ませてもらった。

 出来・不出来(それぞれの作品のベクトル?)の差が激しい。
 全体としては、ぼちぼち欲求が満たされたかな。
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# by cruel-world | 2006-01-14 23:06 | 小説以外の本

中島望「地獄変」

中島望「地獄変」  講談社ノベルス

 第10回メフィスト賞を受賞し、順当に首を切られたかと思いきや何の予告もなしに出戻りしてきた空手家兼、小説家の長編作。著者だけはいたって大真面目、しかし読者的には時代錯誤ギャグの奔流といったおもむきの、B級映画的格闘小説。

 14歳で命を落とし、サイボーグとして生き返させられた源正義――ルシフェル。彼の愛する幼なじみの山鹿百合子が、成金ヤクザの十束虎之介に狙われた。十束は所有する無人島の研究施設に諸星博士をむかえ、人体実験や、人間のサイボーグ化、遺伝子組み換えによる動物進化をおこなっている。そのなかには新型サイボーグ・ガブリエルや、ESP能力を持つ少年・ミカエル、そして実験体をひきいる地上最強の生物・ヨシュアの姿もあった。十束は彼らをルシフェルの元へ送り込む。彼と配下の『地獄衆』との死闘を、自らが描く地獄絵図のモデルにするために……。

 タイトルどおりに、芥川龍之介「地獄変」の現代版――と言えるのかなあ、これ。サイド・ストーリィとしては描かれているけれども、じっさいは30年ばかり遅れてきた平井和正みたいな内容で、しっちゃかめっちゃかやっている。説明くさくて気の効かないジョーク、バタバタ命を落としていく登場人物、自分のアイデンティティに悩むサイボーグ。どうせなら「地獄変」と言うより、このシリーズ全体を70年代の熱血スポコン「われはロボット」と言い換えたほうがしっくりくるような。

 原子力で動く高機動サイボーグという時点で「どこの009ですか?」とツッコミを入れたくなったのも遠い昔、今回もひどい元ネタがてんこもり。無人島でのドクター・モローによる人体実験に始まり、江戸川乱歩のパノラマ島、Vシネ、バイオ・ハザード。趣味のごった煮に終始した本作品の外殻は、異形以外のナニモノでもありません。だいたい、こんなヤクザヤクザした武闘派(しかも連続殺人犯)、公安がマークしないはずないだろ……何だかなあ。

 中島先生のギャグ天然劇場

・村正! 正宗! 前作では菊一文字も折ったし、名刀をぞんざいにあつかいすぎ
・牛頭、馬頭はいいとしても、人体模型と骸骨のネーミングにヒネリがなさすぎてかわいそう
・待て、色素を抜いたら皮膚が焼けただれるだけで、どうやっても透明にはならない
・地上最強の生物=オウガ?
・アイドルというだけで己の憎悪の対象にする中島望
・マトリックス的なディスク学習法? ちょっと時代の先端ぶってみた?<20年は遅れてます
・何この「ゴジラ・ファイナルウォーズ」ばりの一撃必殺
・ジョーズみたいなの出てきた
・ロボ恋愛
・待て、色素を抜いたら皮膚が焼けただれるだけで、どうやっても透明にはならない(2人目)
・テ、テレポーテイション!! 中島的には必死に斬新なネタを取り込んでるつもりだ!!
・ロボ切腹
・(「人形はひとりぼっち」でもやったのに)、いまさらクローンかよ
・大鷹克史
・国会議員というだけで己の憎悪の対象にする中島望
・もろ打ち切り漫画なエンドと、爆笑のラスト一言

 同じくメフィスト賞出身の津村巧のフォロワになったのだろうか? 自身の小説のなかで私怨を晴らして(作者だけ)すっきりするやり口が、「DOOMSDAY」とダブって見えてしかたない。佐藤友哉は不器用ながら、きちんと自分の感情と折り合いをつけて対象化しようと苦戦していたし、いまでも試行錯誤を続けている。しかし彼は、そういうことに興味がないみたい。「Kの流儀」や「牙の領域」をやってくれたほうが普通に面白い(時代錯誤っぷりも上)のに。そう考えると、じつは山口貴由の手抜き作品「平成武装正義団」は、あれでこそあるべき姿を取っているように思えてくるから怖い。

 これから中島望は、小説版「アストロ球団」でも執筆すればよいと思います。
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# by cruel-world | 2006-01-11 16:19 | 小説

森博嗣「そして二人だけになった」

森博嗣「そして二人だけになった」  講談社ノベルス

 第1回メフィスト賞受賞者。大ヒット・シリーズのS&M、Vシリーズから離れた、単発の長編作品。新潮社からハードカバーで刊行されたもののノベルス落ち。

 盲目の天才科学者・勅使河原潤と、アシスタント・森島有佳。2人を筆頭にした計6名の科学者・医療チームが、世界最大の建造物・アンカレイジの内部に集結した。全長4000メートルにもおよぶ巨大な橋の内部に建てられた極秘シェルタ<バルブ>の試運転が目的だ。一夜が明けて、チームのメンバが起き出すと、最年長の科学者が死亡しているのが発見された。同時に外部との接続が遮断、<バルブ>の出入り口も封鎖され、彼らは内部に取り残されてしまう。ついに密室となった<バルブ>の限定環境下で連続殺人事件が発生し……。

 おうおう、久しぶりによかったよ。あんまりにもあんまりなオチは、タイトルからまっさきに思いつくクリスティ「そして誰もいなくなった」の悪意のない、けれども悪質なパロディ。とくに寓意が込められているわけではないです。森先生の好きなイタズラですね。

「恋恋蓮歩の演習」でも思ったけれど、森はラブ・ストーリィ方面にシフトしつつあり「どこの『アビス』ですか?」と聞きたくなるようなド派手な舞台だとか、やけに目だつヒントや伏線の仕込みだとか、プロンジーニ「殺したのは誰か?」的な暴論解決だとか、もうやりたい放題やっている感じ。頭脳ゲームというよりはロマンス小説になりつつある。

 ミステリ読者でなくとも、1章を読了したときに見えてくる地平があって、そこからの視点のズラしをどう感じるかで評価が分かれそう。語りとしては大雑把な気もしますが、ちゃんと読者全員が了解できるようには書いてある。
 力技でねじふせ、あとの解釈は読者に任せた、といったふう。いかにも森の好きそうなミステリ。

 というか、この大掛かりでありながら、ごく小さなスタジオ・セットで進行していく舞台設定は、本気で映像化を狙ってますね。2時間尺の映画でぜひ観たい。簡易化されたミステリ構造も、森作品にしては比重の大きいラブ・ストーリィにしても、そう捉えてみるとじつに正しい。
 いくら直木賞受賞祭りだからといって、勢いで「姑獲鳥の夏」を映画化するより「そして2人だけになった」を映画にするほうが適切だし、楽しいはず。当たり前の話だけれど、映画と小説には、それぞれ適性があって、それを見誤るととてつもない失敗をやらかす。

 本書のすぐれた点は、森エッセンスを煮込みつつも、それを広い読者層にかみ砕いて提示し、大味なエンターティメントの領域まで持っていけたことでしょうか。どこぞのノベライズみたいな書割の味つけを意図的に演出した上で、きちんとオリジナリティも加味されている。器用だ。
 小説を、『書く』というより『生産』する森としては、かなり手ごたえのある作品だったのじゃないか。2007年あたりに「すべてがFになる」と同時にクランク・インでもしないかな。
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# by cruel-world | 2006-01-09 19:36 | 小説

X-Knowledge HOME 特別編集 No.6 PUBLIC SPACE

X-Knowledge HOME 特別編集 No.6 PUBLIC SPACE

「それは、いかなる大きさも持たず、いかなる秤にのることもない。雨の中に流される涙のようなもの」

 第120回芥川賞の平野啓一郎責任編集による、建築雑誌の特別編集号。昨年まで平野は本誌でコラムを執筆していて、今回だけの雇われ編集長ということで名前が冠されている。

 建築に関してまったく素人の読み手でも、青山真治や四方田犬彦といった執筆陣に目が留まるし、そうでなくとも大判いっぱいを埋めつくす写真の数々にページを繰らされる。PUBLIC SPACEということで、国内外を問わず、公園、河川、大通り、バス、スタジアムといった、幅広いモチーフの写真があつかわれていた。
(前菜としてはいささか豪華な)建築界の岡嶋二人的存在MVRDVのメンバの1人、ヤコブ・ファン・ライスと平野との対談がオープニング。年をくった海マニアのおっさんもとい歴史家アラン・コルバンのインタビュウと続く。どちらも難渋になりすぎず、かつ専門性もうしなわない発言内容のバランスにすぐれる。さすがに頭がよろしいなあ。

 現実離れした、ぶっ飛びデザイン(L字型の建物を、縦棒を下にして建てたりする)や古色蒼然たる歴史ある図書館のデザイン特集には、建築学に明るくなくとも目を見張らされる驚きが待っている。また、「誰も近づけない『祭壇』から、誰のためにも平等に存在する『公共物』への引き下ろしを目的とした」諸外国の教会建築論の説き起こしは素晴らしい。後半は哲学思想に逃げたようだが、それでも一読の価値ある論点だった。

 吉田朔美による映画レビュウの連載コラムもコミカルながら的確な論旨で、紹介されていた「天空の草原のナンサ」「ある子供」「ダウン・イン・ザ・バレー」「僕と未来とブエノスアイレス」に関しては、どれも映画館に足を運びたくなってしまう。

 総括すると、門外漢は出直すべきだな――という感じで、内容の1/3も理解できませんでした。用語を羅列されると、何がなんだかわからない。表層だけをさらって通読するしかない記事も。
 とはいえ、専門性を排した文はとても興味深く読めました。とくに航空機改革――エアバスA380関連と、スイスの避難シェルターを性的逃避と読み解く村田晃治の観点は印象的。

 ちょこちょこ顔を出す平野の文章は、「文明の憂鬱」が好きな読者にとっては願ったり叶ったりで、彼のファンが求めているものは十分に得られました。
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# by cruel-world | 2006-01-08 21:58 | 小説以外の本

Caravan「In The Land Of Grey And Pink」

Caravan「In The Land Of Grey And Pink」

 イギリスのプログレッシヴ・ジャズ・ロック・バンド。彼らが71年に発表したオリジナルに、ボーナス・トラックを追加したリマスター・ヴァージョン。鮮やかなピンクが映える、童話調のCDジャケットに思わず目が奪われてしまう。

 今作がキャラバン最大のセールス作であるが、それでも80年にようやく10万枚(いまは20万枚くらいか?)を売り上げているに過ぎない。しかし有象無象、数かぎりなく、それこそ3000万枚以上のレコード・セールスを成し遂げたバンドから、高校のコピー・バンドに毛が生えた程度のグループまで、70年代のプログレの懐は広かった。
 そんななか、彼らが30年経ったいまでも人気を保ち続けていることにはわけがある。

 キャラバン独自のスタイルは、同じプログレ・ジャズ・バンドにしてワイルド・フラワーズの盟友、ソフト・マシーンと比べると瞭然。
 各個の奏者が競い合うようにして、ときには意図的な不協和音を生みながら、外へ外へと広がりつつ、万華鏡のごとく多彩な色を提示し、時間とともにそのイメージがにじんで拡散するのに任せ、あやふやで異質な音響空間を演出するのが、ソフト・マシーンの特徴だろう。
 対してキャラバンはイージィ・リスニングの佳曲を高水準で取りまとめ、個々のメンバの自己主張はやわらかく、まるで童謡を語り聞かせるようなヴォーカル・動静のきわだった感情的なオルガンのシンクレア兄弟を中心に、口当たりよく上品にまとまめられている。

 その聴きやすさ、親しみやすさこそ、彼らが長年にわたって生き残ってきた理由ではないか。

 シングル・カットされた<1>や、そのアナザー・テイク<9>、この作品のハイライト<3>ではフルートが、どこかメランコリィさも漂わせる表題作<4>、他作品に収録された楽曲のアナザー・テイク<7>ではアコースティック・ギターが、キャラバンのポップ路線を前面的に押し出している。
 また、<2>ではエレキ・ギターが顔をのぞかせて、<6>ではピアノやサックスの台頭が目立つようになる。同曲はキャラバンの負の部分で、どちらかというと生音志向だったポップ路線とは異なり、ジャズ・バンドとしての色合いも濃くなる。やや音が金属的に尖りぎみな印象を受けた。
 さらには22分40秒の大作<5>を収め(もしかすると今作はジェネシス「フォックストロット」あたりを意識していたのかもしれない)、内容に富んだ、完成度の高い作品に仕上がっている。

 オルガンによる長尺のインストゥルメンタルなんかは、プログレ潮流の直撃を受けた感じもするが、それでも肩の力を抜いて自然体で聴ける名盤。
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# by cruel-world | 2006-01-07 22:47 | 音楽

沙藤一樹「プルトニウムと半月」

沙藤一樹「プルトニウムと半月」  角川ホラー文庫

「D-ブリッジ・テープ」で高橋克彦に激賞され、第4回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した若手作家。その初長編作品。あんまり本を読まないと噂の高橋克彦に褒められても……。

 海に面した原子力発電所で爆発事故が起きた。周囲30キロメートルが封鎖され、住民は退避。立ち入り禁止となった周辺地域。海岸線を弦とし、弧状に張られる鉄条網。半円にかたどられた汚染区域は「ハーフ・ムーン」と呼ばれた。無人となったはずのそこには、多くの人間が集まってくる。長年住んできた土地を離れられない者、強盗、殺人犯、一家心中を図る者。そして、昔は「ハーフ・ムーン」内に住んでおり、いまは生き別れになった双子の姉も……。

 こういう崩壊しかかった近未来で描かれるサヴァイバル・ゲーム調の作品は、どれだけ食傷気味になったとしても手を伸ばしてしまう不思議な魅力があって、近年では「無限のリヴァイアス」やら、高見広春「バトル・ロワイヤル」、ゴールディング「蝿の王」、エリスン「少年と犬」など、例を挙げれば枚挙にいとまがない。
 この「プルトニウムと半月」も、短くはかない理想郷の建設、少年少女だけのコミュニティの脆弱さ、刹那的な快楽で楽園を破壊するエゴイストの集団など、常套句の積み重ねだけで物語を紡いでいったとはいえ、その積木細工ぐあいは悪くない。双子=シンクロニシティというような貧しい発想がなければ、もっとスマートに完成していたと思います。

 総括するなら、素晴らしく無惨な終わりをむかえた作品。登場人物や、作品内容というより、この小説自体がむごいあつかいを受けています。役者がそろって、さあこれから――という段階でいきなり崩れ、あとは原稿用紙30枚で掃除して終わらせた印象。何のために広げた風呂敷にガソリンをぶっかけて火を点けたの?

 まさか著者が自作を憎んででもいたのでしょうか

(ベタではあるけれども)叙述トリックでも仕掛けておいたほうが、明らかに作品の質は上がったかな。前作「D-ブリッジ・テープ」のようにキャラクタを痛めつけてやりたいのは、それこそ痛いほど伝わってくるのですが、あの車のドアで足を切断するトラウマに勝る激痛はありませんでした。むしろ今回は手ぬるい気がします。全体的に低調。

 それと、超強気系(だが射撃精度以外のスペックは総じて低い)姉に質問があります。

 あなた、12歳のとき、どこからスナイパーライフルを持ってきたのですか?
 道で拾ったんですか? 優しいおじさんがくれたんですか? それとも家宝ですか

 しかも拳銃はマガジンの制限があるのに、ライフルの弾は無限だしな!!

 局所的には、いろいろな意味で楽しませてもらった作品でした。
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# by cruel-world | 2006-01-06 20:15 | 小説

小林泰三「家に棲むもの」

小林泰三「家に棲むもの」  角川ホラー文庫

 角川文庫が主宰し、貴志祐介、瀬名秀明といった実力者を輩出した、第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作家の第4作品集。短編7品を収録。

 ヒネリと言うより力技のオチが用意され、安いモンスター・パニックに終わってしまった「家に棲むもの」、現代で芥川龍之介「藪の中」を素直にリメイクすることがいかにこっけいであるかを再確認させられる「五人目の告白」、1ページめで仕掛けをすべて了解することさえ可能な「森の中の少女」、徹頭徹尾わけがわからない(しかも怖くない)「魔女の家」など、小林の執筆水準からすれば、「凡」というより明らかに「駄」のつく作品が目立つ。

 だが、ここで終わらないのが日本ホラー小説大賞受賞者の力。上記の4編は、どれも小説新潮をはじめとした娯楽小説誌に掲載されたもので、書き下ろし3編は別格の出来。どう考えても、雑誌に発表した4編は甘っちょろいよなあ……小手先だけで書いた感じ。

 肉食主義者(?)対vs菜食主義者の対決――そして、2人にはさまれた男の精神の激動を描く「食性」は、狂人たちが四つに組んで自己主張をくりかえす暴論小説。
 もう「肉」なんかはタイトルからしておどろおどろしく、内容も黒い期待に違わぬグチャミソっぷりで、タイムトラベルの新境地を拓いた超絶傑作ホラーSF「酔歩する男」、小説版「マウス・オブ・マッドネス」を完璧に体現してみせた「本」に続く、メモラビリア確定のブラック・ユーモア・ホラー。
 小林泰三ワールド全開の「お祖父ちゃんの絵」にいたっては、「ついに小林も21世紀の江戸川乱歩になりつつあるか……」という感慨も新たに、「鏡地獄」をほうふつとさせる錯視&無限連鎖フェチぶりを披露する。

 けれど、やはり小林泰三の著作の問題点は、その手法にあって、第3回本格ミステリ大賞受賞の乙一「GOTH」も同じ問題をはらんでいた。それは両者ともに独自の感性で『作りこむ』書き手であるがゆえに、その創造プロセスが明瞭すぎ、読み進めていくあいだに彼らの『やり口』が見えてしまう点にある。
「GOTH」の最終話「声」には、その読者の読みの一枚うえをいく発展が用意されていたものの、「家に棲むもの」は小説の構造として、じつに小気味いいところに着地してくれるとはいえ、いかにも『生産している』向きがあり、ときとして味気なささえ感じてしまう。

 まあ、1度ページを繰りはじめたら止まらない――1冊を読み終えたらまた読みたくなる――そんな中毒性を持った作家であることもたしか。初期のはっちゃけぶりを取り戻してくれたら、また「酔歩する男」みたいに、文学史に刻まれる作品を書いてくれそうです。

(以下、知人に向けた反転)

「食性」の落としかたは商業版「馬鹿は死んでも治らない」で、まさに死ぬほど爆笑させられました。
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# by cruel-world | 2006-01-05 20:59 | 小説

渋谷陽一「ロックミュージック進化論」

渋谷陽一「ロックミュージック進化論」  新潮文庫

 海外ロック雑誌「ロッキング・オン」を創刊した音楽評論家。彼が60~80年代のロック分類をおこない、マスコミ媒体の誤った認識と、意識の低い報道についてもの申すロック概論。

 ビートルズ、ザ・ヤードバーズ、ドアーズ、ジャニス・ジョプリン、T-REX、デイヴィッド・ボウイ、レッド・ツェッペリン、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、セックス・ピストルズ……そうそうたる重鎮らをあつかった記事のきらびやかさの陰に、白人音楽にかぎらずブルース、レゲエ、R&B、ヒップホップにいたる黒人音楽について述べようとする、「売れるものは正しい」論にのっとった渋谷陽一の音楽観が見え隠れする。
 けれど本書の主眼はそこにはなくて、ビートルズ(とくにジョン・レノンにまつわる幻想)の解体や、サイケデリック・ロックの定義の明文化なんかにこそ価値がある。勉強になるなあ。

 やはりツェッペリンの好きな渋谷らしく、かなりの割合でジミー・ペイジが顔をのぞかせるし、4thアルバムを中心としたツェッペリン単体の論評も精確で評価が高い。DJ時代の自分を振り返った、グランド・ファンク・レイルロードに関する覚え書き的なエッセイも楽しく読めた。

 デ・ラ・ソウルに言及したのはリップサービスの感が否めないが、洋物ヒップホップに1990年から着目し、「これからどんどん伸びる市場」とするコメントを残した先見の明が輝く。N.W.A.やパブリック・エネミーの存在があったとはいえ、真にヒップホップの潮流が表面化したのは93年のドレとスヌープ・ドギー・ドッグのスマッシュ・ヒットから。いまから考えると、著者の先読みが恐ろしいほど。

 巻末(といっても100ページ近くあるのだが)に付与されたインタビュー2本には笑わせてもらった。WOWOWのグラミー賞受賞式で有名な、狭量な器のコウモリ野郎かつクソ評論家ピーター・バラカンに、渋谷は一目置いているみたいで、とにかくびっくりした。
 もう1人の対談相手の山川健一には、「おまえは音楽の『お』の字も分からない人間なんだから、おとなしく小説を書いていろ」なんて主旨の発言までぶちまけたのに……山川とは終始喧嘩をして、ピーターからはブラック・ミュージックを教授してもらう雰囲気の対談でした。
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# by cruel-world | 2006-01-04 20:19 | 小説以外の本



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